生体外「ヒト」モデル:ボディー・オン・チップ

創薬では、一つの新たな薬を開発するために、多くの薬剤候補化合物をスクリーニングする必要があります。現状として、少なくとも1000億円もの資金と10年以上の歳月を要すると言われ、かつ年々増加しているのです。創薬には何段階ものプロセスを経て認可が下りることになりますが、各段階において問題が指摘されており、それが巨額の費用と長期化に繋がっているのです。当グループでは、創薬の中でも臨床試験の前段階である「前臨床試験」の課題について着目しました。

前臨床試験とは、薬剤候補化合物の有効性、安全性、毒性を評価するために行われる試験で、主に動物試験や細胞アッセイが行われています。しかし、動物試験ではやはりヒトとは異なる生理反応を示す可能性が高く、前臨床試験で本来求める評価項目の達成は難しくなっています。動物愛護の観点からも、動物試験が難しくなってきている、という現状もあります。また、細胞アッセイでは初代培養細胞や株化細胞が使用されますが、従来から使用している細胞培養・実験法では、生体内における細胞本来の機能を発揮することができません。また、薬効・薬理・薬物動態試験を行うためには、複数の組織とそれらの相互作用を評価する必要がありますが、やはり従来の試験法では困難でした。これまでは、複数の組織細胞を獲得することはできても、ゲノム情報は全くのバラバラであり、遺伝病などの病態を再現することは出来なかったのです。そこで、従来の動物試験や細胞アッセイに代わる試験法の確立が急務となっているのです。

この問題点を解くためには、細胞材料と細胞培養基材が鍵となります。まず細胞材料ですが、ヒト多能性幹細胞(hPSCs)が挙げられます。hPSCsは無限の自己複製能と多分化能を持っていることから、同じゲノム情報を持った多種多様なヒト細胞を獲得することが可能になります。よって、複数の組織を用意するためには適している細胞なのです。また、細胞培養基材には、マイクロ流体デバイスを用いた新しい実験系を開発できます。これは、「Artificial regulatory cell environments」でも紹介しましたが、生体内に近い細胞環境を創り出すことができるデバイスです。この、hPSCsとマイクロ流体デバイスを有機的に組合せたものが「ボディー・オン・チップ」です。

私たちのチップでは、hPSCsから分化誘導した複数の組織や血管網などを搭載し、よりヒトの体内に近い生理環境を創出します。このプロジェクトの最終目標はマイクロ流体デバイス内で生体系を模倣することによって人体構造のメカニズムを理解に繋げることにあります。

「ボディ・オン・チップ」の開発には細胞生物学、ナノ・マイクロ工学、材料科学、生理学など様々な分野を融合する必要があります。自然界が生み出した美しくも複雑な生物を、人類の総合知を持って、ヒトの手で再現することが究極の目標です。

関連文献:

  • T. Okamoto, K. Kamei「ヒト組織をin vitroで再現するBody on a Chip: マイクロ流体デバイス技術でES/iPS細胞由来臓器細胞の3次元培養と創薬応用」創薬のひろば, 3 (2016), in press (in Japanese, essay)
  • Y. Kato, Y. Hirai, K. Kamei, T. Tsuchiya and O. Tabata, “Development of a Body-on-a-Chip Using 3-D Microstructuring Technique” IEEJ Trans. SM,136(2016), accepted (in Japanese)
  • K. Kamei, Y. Hirai and O. Tabata,Body on a Chip: Re-creation of a living system in vitro.” IEEE Nanotechnology Magazine 7(3), 6-14 (2013); DOI: 10.1109/MNANO.2013.2275024

共同研究者: